はちのじ

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高IQ女子のちょっとニッチな雑記ブログ

常識の中で創造性を発揮することの難しさ

こんにちは、高IQ女子のハチヤユーカ(@yukapanz)です。

 

これくらいしか誇れるものがないという理由でなんとなく毎回述べている「高IQ」という前口上ですが、最近よく

「わたしってIQが高いだけで何にもまともにできていない……」

と落ち込むことが増えてしまいました。

 

創造性皆無のデザイナー

わたしはWebデザイナーとして働いていますが、創造性をうまく発揮できないでいます。

詳しく書いてしまうと問題がありそうなので詳細は伏せますが、今日もそれが原因で上司にきつく注意されました。

 

「考えてデザインした結果がこれ?」

「これならデザイナーいらないよね」

と。

 

確かにわたしは事前に提示されたデザイン案をなぞっていただけで、自分の頭ではほとんど考えていませんでした。

 

いや、本当は考えていたんです。

「この部分は削っちゃってもいいんじゃないかな」

「こことここを入れ替えてみたらどうかな」

なんて、アイデアが湧いてきてはいました。

 

でも、それをデザインに起こしてみるのが怖かった。

「それがお前の仕事だろう」と言われてしまうかもしれませんが、デザイナーのペルソナを被ったわたしを差し置いて、素のわたしが顔を出してしまいました。

独自にデザインした部分について、常識はずれだと思われないかどうかが気になって仕方がなかったんです。

 

常識はずれと思われたくない

勘違いされたくないところなのですが、悪いデザインだと批判されるのは構わないのです。

いいと思うデザインも、悪いと思うデザインも人それぞれ違うものだから。

 

たとえば、ギラギラした派手なデザインをいいと思う人もいれば、すっきりシンプルにまとめたデザインが好きな人もいます。

この2人は『理解』はし合えないかもしれないけれど、お互いに「そういう人もいるんだな」と『認識』し合うことはできます。

 

ですが、常識はずれだと思われるのは、まず『認識』することそのものを拒絶されているようなものです。

デザインに限らず、これまでの人生で何度も経験してきました。

 

変わった解き方で算数の問題を解いたとき。

みんなと違う視点で風景のスケッチをしたとき。

定期テストの前日に友達を遊びに誘ったとき。

今の業界に就職したとき。

 

周りからは「信じられない」といった目で見られ、ときには実際にそういった言葉を投げかけられ、それからやっと自分のやっていることは普通じゃないと認識できるようになるのでした。

 

前に自分は発達障害なのではないかと本当に思い悩み、病院にかかったことがあります。

ですが、病院ではそう診断されませんでした。

つまりわたしは常識になじめないただの変人でしかないのです。

 

唯一の救いになりえそうなのがIQが高いという事実ですが、よほどIQに興味や関心がある人でない限り、そんなのはどうでもいいことだと思っているのが実際のところでしょう。

むしろ変人っぽさを強調するだけで、損しかありません。

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創造性と常識の狭間

そんなわたしが好き勝手にデザインしてしまったら、悪い意味で型破りなデザインになることは自分がいちばんよく分かっていました。

ですからデザイン案を提示してくださった別部署の上司に細かく指示を仰ぐことにしたのです。

そうすればめちゃくちゃなデザインにはならないだろうと思いましたし、実際ならずに済みました。

 

ですが、それだけ。

一見整ってはいるものの、何のおもしろみも新しさもないデザインになってしまいました。

 

そこに前述の上司の言葉。

 

自分を常識という型に納めようとすることに精一杯になるあまり、いてもいなくても変わらないレベルにまで創造性をなくしてしまった自分の無価値さと生産性の低さにほとほと嫌気が差してしまいました。

 

ここで「デザイナーに向いていない」とうそぶくのは簡単ですが、そんなことを言ったって仕事は仕事。

明日も変わらずパソコンの前に座ってIllustratorとにらめっこしなければなりません。

 

やれるだけやるしかないのです。