はちのじ

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はちのじ

高IQ女子のちょっとニッチな雑記ブログ

大人になるって、本当に楽しい。

こんにちは、ハチヤユーカです。

今朝、こんな素敵な記事を読みました。

blog.hanauta18.com

奇しくもちょうどこのとき、オザケンの『さよならなんて云えないよ』を聴いていたこともあり、「青春ってなんだろう」「大人になるってどういうことだろう」と妙に深く思いをめぐらせることになりました。

非・オザケン世代の20代が選ぶオザケンの名曲5選 - はちのじ

そんなわけで、今日は『大人になること』をテーマに、わたしの身の上話でも。

普段とちょっと毛色が違う記事ですが、よろしければお付き合いください。 

 大人になりたくなかった

わたしの父親は、不規則な勤務体系の職場で働いていました。

夜勤や泊まり勤務の日もあれば、朝早くに家を出る日もあり、今考えても「よくめったに体調を崩さなかったな」と感心してしまうほど。

母親は専業主婦でしたから、幼い頃のわたしは『社会に出て働く』ことはすなわち『父親のように働く』ことだと思っていました。

決まった時間に起き、決まった時間に学校へ行き、決まった授業を受け、決まった時間に帰ってくる生活をしていたわたしは、いつしか「大人になりたくないな」と感じるようになってしまいました。

 

小学校高学年くらいになると、父親の勤務体系が特殊なのであって、みんながみんな父親のような働き方をしているわけではないことが分かってきました。

それでも、父親の仕事の愚痴を耳にするたび「大人って楽しくなさそうだな」と感じていましたし、さらにこの頃になると「わたしがちゃんとした大人になれるのかな」という不安もありました。

 

しかしそんなことを思っていたわたしも、今や25歳。

中身が伴っているかどうかはともかくとして、世間的に見れば大人と呼べる年齢です。

 

そんな私が今思うこと。

 

大人は楽しい!!!!!

大人はとにかく楽しい!!!!!

誰だ大人になりたくないなんて思っていたヤツは!!!!!!

大人には、お金がある

給料日が近くなると「お金がない!」と焦りがちになるわたしでも、昔はレアだと思っていた諭吉さんを当たり前のように手にしている。

 

さらに大人版お年玉と言っても過言ではない、ボーナスなんてものまでもらえる。

もちろん、手にできる金額は子どものお年玉より断然多い。

前の職場はなかったけどな!

大人の恋愛もいいぞ!

大人の恋愛というと不倫や浮気を想像するかもしれないけれど、そうじゃない。

単純に、恋をすることそのものの楽しさが数倍増しになる。

お金があるから遠くまでデートに行くこともできる。

ちょっと貯金すれば、好きな人と一緒に旅行だってできる。

 

片想いだって悪くない。

なんせお金があるから、好きな人を振り向かせるためにいろんなアプローチの方法が取れる。

間違っても好きな人を振り向かせるために現ナマを積むということではないぞ!

大人には、自由と責任がある

自由はいいけど責任なんてぜんぜん楽しくなさそうじゃん!なんて早合点しないで、どうかこの先を読み進めてみてほしい。

 

おやつを500円以上買ったっていいし、なんならそれを夜中に食べたっていい。

新しいゲームはクリスマスや誕生日を待たずとも手に入れられるし、1日1時間以上遊んでも誰にも怒られない。

校則に縛られて、髪色やスカート丈を過度に気にしなくてもいい。

さらにお酒や煙草を呑むことが許されているのは大人だけだ。

 

さて、ここからは少し抽象的な話をしよう。

 

よく、人生をレールに例えて「親の敷いたレールの上を歩く」とか「レールから外れる」なんて言うことがある。

大人になると、そのレールが1本でないことに気づく瞬間がきっとある。

どこまでもまっすぐに続くレールもあれば、スイッチバックを繰り返しながら険しい山道を登っていくようなレールもある。

 

そして、そのレールのポイント切り替えは自分自身の手に委ねられている。

レールの行き先が気に入らなければ、降りてしまったっていい。

降りた先で自分の思うようにのびのびと駆け抜けるのもありだし、後人のために新しいレールを敷いておくのもありだ。

 

大きなことから小さなことまで、ありとあらゆることに無限の選択肢があり、その中からベストを選んで自分の人生を創っていく。

これが楽しくないわけがない。

 

しかし、そんな楽しい世界を生きているにも関わらず、大人の世界の厳しさばかりを説く大人が一定数いるのも事実だ。

 

確かに、厳しいこともある。苦しいこともある。

否定はできないが、そればかりではない。

 

だから、わたしはそんな大人に対してこう思う。

それはあなたがレールの切り替えを間違えたんでしょう、と。

間違いを認めたくないがゆえに、『自分』を主語にして語るところを、『大人』という大きな主語の威を借りて語ってしまう。

 

自分の進む道を自分で好きに選択できるということは、選んだレールの先に悪い結果が待ち受けていようとも、選んだ自分の責任になる。

『自由』があるから『責任』がある。

考えてみれば当たり前のことだ。

 

冒頭に書いた、『はなうた横丁』さんの記事にもこう書いてある。

そりゃあね、大人になっちまったなあ。って思うこともあるよ。社会の複雑なモノゴトを、巨大な現実を、受け入れねばならんのか。ってヘコむ夜もある。でも、それすらも大事なぼくらの「今」なのであってさ、これを楽しむか楽しまないかはコッチのコントロール下にあると思っているわけ。僕らが生きているうちは、僕らの時代なんだよ。

青春は爆発だ。 - はなうた横丁

あれ……わたしが長々と語らなくてもこの段落にすべて集約されてない?

 

大人になりたくなかったわたしへ

25歳のわたしは自由に生きている。

お金もちゃんと稼げるし、あなたのまだ見ぬ大好きな人と相思相愛にだってなれる。

 

そりゃ人間だからヘマだってするし、気分が落ち込んでしまう日もある。

だけど、いつの間にか「楽しい!」って思っている自分がいる。

だから大丈夫。

 

うらやましかったら早く大人になるんだな!